英語嫌いのまま海外でほとんどの時間を過ごした私が、学校の英語の先生になるまでのどんでん返しストーリー

Hi!おうち英語のりおです。

お子さんのことを思って、

夜な夜なスマホで「子供 英語 いつから」

なんて検索するものの、よくわからないまま。

そんな毎日を過ごしていませんか?

「自分のように英語で苦労してほしくない」

「でも、私が教えられないから、

一歩が踏み出せない」

そんな風に、足踏みしているあなたへ。

今日は、かつて英語が大っ嫌いで、

海外にいながらも英語を完全に

シャットアウトしていた私の、

ちょっとカッコ悪いお話をさせてください。

今でこそ私は「英語の先生」という経験を

10年以上してきましたが、

実はあなたと同じように、英語に対して

勝手な苦手意識」や

やる意味があるのか、という悩み」を抱えて、

何度もどん底を味わってきた一人なんです。

1. 4歳、言葉の通じない世界で「必死」だった日々

私の英語との出会いは、

決してキラキラしたものでは

ありませんでした。

父の仕事で、4歳から小学校卒業まで

アメリカで過ごすことになった私。

4歳の小さな女の子が、右も左もわからず、

言葉も一言も通じない現地の幼稚園に

いきなり放り込まれました。

今でも覚えているのは、

必死になって「正解しなきゃいけない」

と思ってクイズに取り組んでいたことです。

幼稚園の先生が大きい数字や

大陸の名前を英語で聞いてくる。

「ノースアメリカ!」「アジア!」

口から英語はでていても、当時の感覚としては

「わかってるけど、わかってない」という

不思議な状態でした。

なぜ自分がそれを言えているのか、

理屈なんてまったくありませんでした

ただ、さっき先生の言ってたことを

繰り返して言うだけ。

一つだけ、、、

間違えると先生が怒るのが怖かった。

そして、間違えると、その後にみんなで見る

「英語のアニメ」の時間に、間違えた子だけ

別室で過ごすルールがありました。

それが悲しくて、寂しくて、

みんなと一緒にアニメを見たい一心で、

必死に食らいついていました。

そんな「必死さ」の影で、

ふと英語が通じた瞬間の

変な感じだけど、なんだか楽しい!

という感覚。

これが、私の英語の原体験でした。

2. 「やらなくて良くない?」という甘い罠と、訪れた空白

ところが、小学校に上がると

大きな転機が訪れます。

運良く、日本語教育が手厚く、

英語の授業も毎日2時間ある

学校に通えることになったんです。

そこで出会った一人の女友達。

彼女が放った一言が、

私の英語に対する価値観がガラリと

変わってしまいました。

当時小学1年生だった私は、

その言葉に衝撃を受け、

同時に確かに、と思ってしまったのです。

英語の授業で、外国人の先生が近寄ってきて、

「cat、dog、わかる?」と

聞いてきたことがありました。

言葉の意味はわかります。

でも、冷めた感情が湧いて止まりません。

……だから何?

わかったからって、

何になるの?

その時私の、英語への扉が音を立てて

閉じていくのがわかりました。

そこから小学校4年生になるまで、

私の、英語に関する記憶は完全にゼロ。

自分で英語に対して心を閉じていたんです。

アメリカに住んでいるのに、英語を拒絶する。

今思えば「なんて勿体ない!」と思うのですが、

当時の私にとっては

そんなことはどうでも良かった。

ただ、とにかく英語から逃げたかった

あなたも、今の生活の中で

「英語は大事だってわかってるけど、でも……」

と後回しにしていませんか?

今のあなたは、 小1の時の私と同じです。

人間、「必要性」も「納得感」もないのに

腰を据えようとしても、年齢関係なく

本当に難しいことなんです。

3. 私の中ですべての要素が揃った。急成長の瞬間

そんな私の平穏なサボり生活は、

小4の春、

その友達が転校したことで一変します。

「彼女が現地校に転校したのは、

英語をサボっていたのが親にバレたから……?

私もバレたら、

無理やり厳しい現地校に放り込まれるかも!?」

この「焦り」が私のエンジンに火をつけました。

苦手」とか「嫌い」とか

言っている場合じゃない。

「今、やらないとマズい!」という

切実な必要性が生まれたんです。

そこからの1年ちょっとで、

私の英語力は爆発的に伸びました。

英語が母語の友達と英語で

小5で英検準2級にも合格

この時、私は英語に対する実体験を得ました。

それは、

英語は「勉強」として机に向かうより、

「生きるための道具」として捉えられた時に

一番伸びるのだと。

4. 日本の英語教育に疑問ばかりだった中学時代

日本に帰っても、

このまま順風満帆に英語ができる!

そう信じて疑わなかった

私を待っていたのは、

残酷な現実

でした。

中学校に入学後初めての英語の授業。

楽しみにして、教科書を開き、

先生が来るのを待ちました。

でも、最初の授業から1ヶ月間、

私を待っていたのは

ずっと「アルファベット」の

練習だけをする苦痛な時間。

さらに、それが終わっても今度は

文法説明のために中学生の私たちに

見せられたのは、幼児向けの英語番組。

「これで誰が英語を話せるようになるの……?」

さらに、今でも思い出すだけで胸が

締め付けられる出来事があります。

日本での初めての英語テストで

アルファベットの「q」を、

アメリカでは当たり前に使っていた、

少し末尾をはねる筆記体のような形で書きました。

返ってきた答案用紙には、大きな赤い「×」。

私はその1点の減点が悔しくて、

納得がいかなくて、先生に抗議した。

「本場のアメリカではこれでいいって

なんでそれがバツになるんですか?」

言われるんです!

それに対して返ってきたのは

「日本の英語はこういうルールなんだ!」

という謎のルール。

悔しくて、テスト返却の時間に教室で泣き、

帰り道もずっと泣き続けました。

親に答案を見せるのが申し訳なくて、

道端で(なんて言おう…)と玄関ドアの前で

うじうじしたのを覚えています。

英語の発音が上手いわけでもない先生に、

海外で通用する英語を否定される

日本の英語教育は、

時に「伝えること」よりも

「海外では必要かもわからない

ルールを守ること」を優先します。

1年生の間、結局私は

一度も100点を取れませんでした。

何かと難癖をつけられ、減点される。

あなたが今感じている

英語への苦手意識」の正体は、

これなんです。

あなたの能力のせいじゃない。

誰が決めたかわからない

「正解」を押し付けてくる、

この意味不明な仕組みのせいなんです。

5. 孤立した高校時代と、それでも英語の楽しさを取り戻した日々

高校は国際科に進みましたが、

そこも私の理想とは程遠い場所でした。

クラスメイトの多くは

「普通科に落ちたから」

「なんとなく海外研修に行けるから」

という理由でクラス選択をしていました。

一番嫌で仕方がなかったのは、

英語にやる気のなかった

クラスメイトとの関係です。

英語の宿題は、当たり前のように当日の朝

私に「ノート貸して。確認したいから」

と言って、確認という名の丸パクリをしてくる。

断れば「ケチ」「優しくない」と

陰口を叩かれる。

貸せば貸したで、私の大事なノートは

大切に扱われず、ロッカーと壁の間に

落とされたまま返ってこない……。

少し間違った部分があると、

授業中に「おい、お前のせいで!」と

大きな声で言われる。

私は英語ができるだけの、便利屋じゃない

クラスメイトへ心を閉ざし、

友達もほとんどいない3年間。

それでも、授業そのものの面白さと

TOEICへの挑戦に冒頭することで

自分なりに高校生活を楽しみました。

高校卒業までに725点、大学卒業時には875点。

点数とは反比例して、私の交友関係は

狭く、少なかったけれど、それでも、

英語と向き合う時間は楽しかったです。

6. 教師になって突きつけられた「英語で壊れる子供たち」

紆余曲折を経て、

私は中学校の英語教師になりました。

かつての私のように、英語で苦しい思いをする

子ども達を少しでも救いたい思いで。

日本でも、海外で通用する英語力を

子ども達につけてほしい!と願って。

けれど、そこで直面したのは、

かつての私とはまた別の、

でも深刻な、子ども達の実態でした。

小学校でも中学校でも、

共通して起こる現象があります。

それは、

英語で話すことに対して、

異常なまでの恐怖や嫌悪感を抱いてしまう。

間違えたらどうしよう

笑われたらどうしよう

そのプレッシャーに耐えられず、

英語の授業のためだけに学校を休む。

そして、それがきっかけで

他の教科でも遅れをとり、

結果的に

不登校になってしまう子を

何人も見てきました。

私はそうやって、英語で

くじけそうになる子たちに

支援をし続けました。

「大丈夫だよ、一緒に練習しよう」

「話す内容、一緒に考えようか?」

何度も声をかけに行きます。

でも、子ども達の中には、

ある共通した「心の壁」がありました。

プライドは高いから頼りたくない

けど自分の力ではどうにもならない、

というジレンマです。

「わかるからいいです」と助けを拒絶する。

でも、実際には

どうしていいか分からず、発表資料を

一文字書いては消し、書いては消し…。

「完璧にできない自分」を見せるのが怖くて、

結局最初からやらない道を選んでしまう。

この姿、何かに似ていませんか?

そう。

今の日本の英語教育が生み出してしまった、

「英語という壁」の前で立ちすくむ

大人たちの姿、そのものなんです。

7. あなたとお子さんに、本当に伝えたいこと

ここまで読んでくださったあなた。

「やっぱり英語って、そんなに

大変で、しんどいものなの?」と、

もっと腰が重くなってしまったかもしれません。

でも、私が伝えたいのは逆なんです。

英語に追い詰められる必要なんて、

どこにもない

ということ。

私が4歳の時に、みんなと一緒に

アニメが見たくて必死に覚えた英語。

中学生で理不尽な「q」のバツに泣いた日。

そして、英語の発表が怖くて

学校に来られなくなった生徒たち。

みんな、

「英語を正しくやらなきゃいけない」という

思い込みに縛られていただけなんです。

お子さんに英語を教えたい!

と思っているあなたへ。

あなたが、お子さんに

英語の文法を教える必要はありません。

あなたが、完璧な発音で

絵本を読んであげる必要もありません。

一番大切なのは、お子さんが

英語って、なんか楽しいかも

間違えてもいいんだ

と安心できる環境を作ってあげること。

それだけなんです。

英語塾がありすぎて選べないなら、

今は選ばなくていい。

あなたが英語を喋れないなら、

無理に喋らなくていい。

ただ、お子さんと一緒に、

YouTubeの英語の歌で踊ってみる。

「この発音、おもしろい音だね!」

と一緒に真似してみる。

そのママとの「安心感」こそが、

将来お子さんが英語の高い壁にぶつかった時に、

お子さんを支える「根っこ」になります。

最後に 一緒に「呪い」を解きませんか?

「私ができないから、子供に教えられない」

それは、あなたがこれまで真面目に、一生懸命

日本の英語教育に向き合ってきた証拠です。

でも、もう自分を責めるのは終わり。

あなたが、お子さんの「完璧な先生」

になる必要はありません。

一番の共感者

になればいいんです。

お母さんも英語楽しく

話せるようになりたいんだ。

一緒にやってみない?

その一言が、

お子さんにとって

どれほど嬉しいか。

英語は、誰かに評価されたり

自慢するための

ツールではありません。

人と繋がり、世界を広げ、

人生を楽しむための

素敵なお助けアイテムです。

まずは、一旦

完璧

を捨てて。

私と一緒に、

もっと「楽しく身につく英語」の世界を

体感してみませんか?

あなたとお子さんの未来が、

英語という「」ではなく

大きく開いた扉」に変わることを、

私は心から応援しています。

もし、おうち英語のことで悩んで、

だれかに相談したい

話したい、

と思ったら私に話しかけてください♪

一緒に、あなたに合う方法を探しましょう!

りお

あなたも今こそ、

お子さんのために

動き出してみませんか?

海外に住んでいたのに、

英語が大っ嫌いでほとんどの時間を

過ごしてきた私だからこそ、

英語が嫌いで中高時代を過ごした

あなたの気持ちにも、

だからこそお子さんに英語を

話せるようになってほしい!と願う

あなたの気持ちも痛いほどわかります。

そんな私のノウハウが詰まった

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